東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)41号 判決 1979年3月08日
原告 株式会社住宅サービス協会
被告 淀橋税務署長
代理人 持本健司 古俣与喜男 ほか二名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五一年七月三一日付でした原告の昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二原告の請求原因
一 原告の昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税について、原告は、昭和五〇年二月二七日付で租税特別措置法(昭和四八年法律第一六号による改正後のもの、以下「法」という。)第六三条第一項に規定する譲渡利益金額(以下「譲渡利益金額」という。)の合計額二億七一二一万五〇〇〇円及びこれに対する税額五四二四万三〇〇〇円として確定申告をし、その後昭和五一年二月二八日付で右譲渡利益金額の合計額及び税額は〇円であるとして更正をすべき旨の請求をしたところ、被告は、同年七月三一日付で更正をすべき理由がない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
二 しかしながら、法第六三条の規定は以下に述べる理由により違憲無効であるから、同条に基づいてした前記確定申告についてした前記更正の請求に対し更正をすべき理由がないとした本件処分は違法である。よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。
1 法第六三条に規定する法人の土地譲渡益重課制度は、法人に法人税の課税標準たる所得金額のない場合であつても土地譲渡益のみに着眼して法人税として納税義務を課するものであるから、担税力(所得)のない法人に課税するもので応能負担の原則に反し、ひいては法人の事業の継続ないし法人の存立を危うくするものであり、憲法第二五条、第二九条及び第二一条に違反し、かつ租税法律主義に反するものである。
2 法第六三条第一項は昭和四四年一月一日以降に取得した土地の譲渡に適用される規定であるところ、同条は昭和四八年四月二一日に公布された法律により新設されたものであるから、当該土地の取得当時予測可能性の全くなかつた法人税を重課されることとなり、法律不遡及の原則に反し、かつ法的安定性を害するものである。
3 譲渡利益金額の合計額を独立の課税標準として法人の確定決算上の損益にかかわらず法人税を課することは、法人を単一の納税義務者とし、期間損益計算の原則に基づいて算出される一事業年度ごとの所得金額を課税標準とする法人税法の基本原則に反するものであり、立法権の裁量の限界を超えたものである。
4 譲渡利益金額算出のための経費の計算は、原告の如き中小企業にとつては、租税特別措置法施行令(昭和四八年政令第九四号による改正後のもの、以下「令」という。)第三八条の四第八項に規定する実績値方式によらざるを得ないところ、右方式による計算には税法以外に会計学及び原価計算に関する専門的知識を必要とするが、法人において右専門的知識を修得する義務はない。そのうえ、実績値方式について規定する令第三八条の四第八項は、何が合理的計算であるかについて何らのよりどころも規定しておらず、課税要件が不明確であるから、同項は憲法第八四条に違反しているものであり、実績値方式により経費を合理的に計算するためには多大な費用と時間を要するところ、右費用と時間の出捐は、納税義務に附随する事務とは到底いい難く、憲法第一八条及び第二九条に違反し、ひいては同法第三〇条に違反するものである。
5 実績値方式には右の如き難点があり、かつ中小企業は右方式による経費の計算が困難であることから、経費の計算につき令第三八条の四第六項に規定する概算値方式を選択すると、自己資本が小額でかつ高金利を負担する実情にある中小企業は大企業に比較して課税上の不利益を生ずることは明らかであるから、土地譲渡益重課制度は憲法第一四条に違反するものである。
6 土地譲渡益重課制度は、土地投機の抑制と土地の有効利用の促進という国の土地政策目的を租税制度によつて実現しようとするもので、租税制度の目的を逸脱し同制度を濫用するものであり、正当手続の保障及び租税法律主義に反し、かつ憲法第二九条に違反するものである。
第三被告の答弁
一 請求原因に対する認否 <略>
二 被告の主張
昭和四四年に導入された土地税制は、昭和三九年以降における著しい地価の高騰という土地問題を解決するために土地の供給を促進するという観点から土地政策ないし国土政策の一環として採用されたものであり、個人の長期保有土地の供給促進という面では十分に貢献したものであつたが、他面右税制が法人の土地取引に対しては格別の措置を講じていなかつたため、個人から放出された土地が法人によつて取得されたまま投機的に保有され最終的な宅地の供給増加に結びついていないのではないかという疑問や、土地の譲渡所得に対する税の軽減措置についての批判等も生ずるに至つたため、右税制を補完するものとして、法第六三条に規定する法人の土地譲渡益重課制度が設けられたものである。
右制度は、法人の土地譲渡益に重い税金を課し、土地の譲渡による期待利益を減少させ、土地でもうけるうまみを少なくすることによつて異常な土地投機を鎮静させ、投機的な需要による地価の高騰という事態を解消することを目的としたものであり、法第六三条の規定が違憲無効であるとする原告の主張は、以下に述べるとおり失当である。
1 請求原因二の1の主張に対して
(応能負担の原則について)
担税力の指標を何に求めるかは、それぞれの場合に応じて異なるところであり、必ずしも所得のみに限られるものではなく、結局立法政策に任されるべきものであるところ、土地譲渡益重課制度は、土地譲渡益をもつて担税力の指標としているのであるから、必ずしも応能負担の原則に反するとはいえない。
また、仮に右制度が応能負担の原則と一致しない面があるとしても、右原則は租税原則の一つに過ぎないのであるから、他の原則や政策目的との関連において合理的理由のある限り、具体的な租税措置につき右原則とは別途の考慮が払われることがあるのは当然であつて、右原則はそれ自体絶体的な原則ということはできず、まして憲法上その実現を必ず要請されている原則ということはできない。そして、土地譲渡益重課制度は、前記立法趣旨からみて合理的理由があることは明らかであるから、応能負担の原則と一致しない面があることをもつて違憲違法ということはできない。
(憲法第二五条について)
憲法第二五条はその性質上自然人に対してのみ適用されるものであり、法人に対しては適用されないものと解される。
(憲法第二九条について)
国民が租税の負担に応じることは本来財産権の保障と別個の問題であるから、土地譲渡益重課制度が憲法第二九条の問題となることはあり得ない。
仮に租税関係にも憲法第二九条の適用があり得るとしても、右制度は、前記立法趣旨、課税方法、税率等からみて私有財産制を否定するものではなく、公共の福祉に適合するものであるから、憲法第二九条に違反しない。
(憲法第二一条について)
土地譲渡益重課制度の前記立法趣旨、課税方法、税率等からみて、同制度が原告の如き営利法人の結社の自由を害するものと解すべき理由はない。
(租税法律主義について)
土地譲渡益重課制度は、課税要件が法律により明確に定められているのであるから、租税法律主義に反するということはできない。
2 請求原因二の2の主張に対して
租税法規の不遡及の原則が存在するとしても、それは当該法規の効力発生前の事実に対して当該法規を適用して納税義務を課さないという原則である。そして、土地譲渡益重課制度は、過去の土地の取得自体を租税賦課の標準とするのではなく、昭和四九年四月一日(例外として法施行日である昭和四八年四月二一日)以後の譲渡による土地譲渡益に対し課税するものであるから、法律不遡及の原則に反するものではない。
3 請求原因二の3の主張に対して
原告のいう法人税法の基本原則自体憲法上の要請ということはできず、単に法人税法に規定された事項に過ぎない。したがつて、土地譲渡益重課制度が必ずしも原告のいう法人税法の基本原則と合致しない面があるとしても、そのことをもつて法人税法の特別法である法第六三条が立法権の限界を超えたものであるということはできない。
4 請求原因二の4の主張に対して
憲法第一八条はその性質上自然人に対してのみ適用されるものであり、法人に対しては適用されないものと解されるし、実績値方式を選択することによりある程度の費用と時間を要するとしても、同方式によるか概算値方式によるかは納税者の選択に任されているところであるし、実績値方式による経費の計算といつても、それは合理的基準によつていかに負債利子と販売費及び一般管理費を配分するかという問題であり、通常の原価計算の知識があれば十分に可能であり、法人税の所得金額の計算の際にもこの程度の原価計算の知識は当然にその前提とされており、何ら納税者に対し苦役を課すようなものではないし、憲法第二九条の保障する私有財産制を否定するものとは解されない。
なお、原告は、令第三八条の四第八項が憲法第八四条に違反すると主張するが、実績値方式につき同項のように規定した理由は、企業の規模、土地譲渡の規模及び一般の企業と土地を頻繁に売買する不動産会社との違いなどから、経費の計算方法を画一的に法令で定めることが適当でなく企業の実情にあつた自主的な計算に委ねる方が合理的であると認められたためであり、その場合の合理的な計算方法の内容も、実績値方式が当該土地に関し実際に要した経費を土地の譲渡等による収益の額から控除するというものであるから、納税者に通常の原価計算の知識があれば十分に可能なはずである。したがつて、実績値方式による場合の課税要件が不明確であるとはいえず、同項が憲法第八四条に違反しているとはいえない。
5 請求原因二の5の主張に対して
一般的にいえば自己資本率が低いほど実績値方式を選択する方が有利となる可能性は否定できないが、具体的場合においては他の要件との関連もあるため一概にはそういい切れず、また中小企業においては大企業よりも自己資本率が低いとは必ずしもいえないばかりか、概算値方式と実績値方式のうち自己に有利な方式の選択が可能である以上憲法第一四条違反の問題は生じないはずである。
6 請求原因二の6の主張に対して
土地価格を安定させ、低廉良質な住宅を建てやすくすることは、政府の施策として当然行うべきものであり、そのために租税政策を用いることは憲法上禁じられているものとは解されない。そして、土地譲渡益重課制度はそのための合理的な手段としての制度であり、同制度が憲法における正当手続の保障、租税法律主義、財産権の保障に反するとする理由はない。
第四証拠関係 <略>
理由
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、法第六三条の規定は違憲無効であると主張する。
そこで、まず、同条に規定する法人の土地譲渡益重課制度が設けられた趣旨について検討するに、昭和四四年度における土地税制の改正により、土地の供給及び有効利用を促進するために個人の長期保有土地に係る譲渡所得について分離軽課措置がとられ、これにより個人保有土地の放出は促進されたが、右放出された土地が必ずしも有効利用に直結せず、特に昭和四六年以降の金融緩和の影響の下に法人による土地の投機的買占め及び留保が行われ、地価の高騰に拍車をかけることとなつたので、これに対する規制措置を講じ昭和四四年度の個人についての土地税制を補完する意味を含めて、法人による土地投機の抑制を主たる目的としつつ、合わせて土地の供給促進にも配慮するという基本的な考え方のもとに、租税特別措置法の改正により、法人の土地譲渡益重課制度が創設され、同時に右制度の欠点を補完する意味を含めて地方税として特別土地保有税が創設されたものである。
以下、原告の各違憲の主張について判断する。
1 請求原因二の1の主張について
土地譲渡益重課制度は、法人の所得の一形態である土地譲渡益に担税力を見出したものと考えられるから、必ずしも応能負担の原則に反するものとはいえず、また、同制度は土地譲渡益に対して各事業年度の所得に対する法人税とは別に二〇パーセントの特別税率による法人税を課するもので、土地譲渡益に対する税負担は国税と地方税とを合わせておおむね七〇パーセントになるものであるが、これをもつて直ちに法人の事業の継続ないし法人の存立を危うくするものとはいえない。したがつて、同制度は憲法第二九条及び第二一条に違反するものではない。なお、憲法第二五条は生存権の性質上法人については適用の余地はないものと解される。また、同制度による法人税の課税は、法律(法第六三条)及び法律の委任に基づく命令(令第三八条の四)に基づいてされるものであるから、租税法律主義に反するものということはできない。
2 請求原因の2の主張について
土地譲渡益重課制度は、昭和四九年四月一日ないし昭和四八年法律第一六号の施行の日である昭和四八年四月二一日以後に土地の譲渡等を行う場合について適用されるものであるから、法律不遡及の原則に反するものではない。
3 請求原因二の3の主張について
原告の主張する法人税法の基本原則は、現行法人税法によつて規定されている事項にとどまり(現に同法においても、各事業年度の所得に対する法人税のほかに、清算所得に対する法人税(第五条、第二編第三章)及び退職年金等積立金に対する法人税(第八条、第二編第二章)が規定されており、また、同族会社に対する留保金課税(第六七条)が規定されているところである。)、憲法上の要請ということはできない。そして、土地譲渡益重課制度は、法人税の税額計算の特例という形で設けられた租税特別措置であるから、右制度が原告の主張する法人税法の基本原則に合致しないことをもつて直ちに立法権の裁量の限界を超えたものということはできない。
4 請求原因二の4について
原告は令第三八条の四第八項が憲法第八四条に違反すると主張する。令第三八条の四第八項は第六項と共に法第六三条第二項第二号に規定する「土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額」の計算方法について同号の委任を受けて規定するものであるが、その趣旨は、右経費の額として譲渡に係る土地等の保有のために要した負債の利子の額並びに土地の譲渡等のために要した販売費及び一般管理費の額を計算するためには、期間費用として各事業年度の所得の計算上損金に算入されているこれらの費用を譲渡に係る土地等に適切に配付し土地等の取得から譲渡に至る全期間にわたつて集計する作業を要するものであり、実際上はかなり難しいものであるので、原則として概算値方式によつて算定することとし、法人が合理的な配付基準により計算した実績値によつて法人税申告書に記載した場合には実績値方式によることを認めたものである。そして、右のような経費の額の計算は企業の会計処理と密接な関係を有するものであり、具体的な会計処理は企業の業種、業態、規模等により異なるものであり、細部にわたつては各企業の判断選択に委ねられている点が少なくないものであるから、右計算につき当該企業の実情に即した合理的な会計処理に委ねることとしたことには合理的理由がある。したがつて、令第三八条の四第八項が「合理的に計算して」としか規定していないことをもつて課税要件が不明確であり憲法第八四条に違反するということはできない。
そして、経費の額の計算につき実績値方式を選択した場合に費用と時間を要するとしても、これをもつて憲法第一八条にいう「奴隷的拘束」ないし「その意に反する苦役」ということは到底できないし、右費用と時間は納税義務の履行に随伴する負担であり、かつ、それがその性質からして社会通念上相当と認められる範囲を超える負担を課する結果となるような事実を認めるべき証拠は存在しないから、前記条項は憲法第二九条に規定する財産権ないし私有財産制の保障の趣旨に反するものではないし、まして憲法第三〇条に違反するものではない。
5 請求原因二の5の主張について
法第六三条第二項第二号に規定する「土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額」の計算につき概算値方式による場合において、大企業と中小企業との間において必ずしも原告の主張するような不公平不平等が生ずるものと認めるに足りる証拠は存在しないうえ、概算値方式によるか実績値方式によるかは、各法人の選択に委ねられているところであるから、土地譲渡益重課制度は憲法第一四条に違反するものではない。
6 請求原因二の6の主張について
望ましい土地政策を推進するために租税制度を活用することは、立法政策の問題に属するものであり、土地譲渡益重課制度は、総合的な土地政策の一翼を担うものとして前記のとおりの趣旨で創設されたもので租税制度として不合理なものということはできず、租税制度を濫用するものということはできないものであり、正当手続の保障及び租税法律主義に反するものではなく、憲法第二九条に違反するものではない。
以上のとおり、法第六三条の規定が違憲無効であるとする原告の主張はいずれも失当である。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 杉山正己)